大堀相馬焼 いかりや窯
自己紹介
わたしたちがお待ちしています
経済産業大臣の指定伝統的工芸品「大堀相馬焼」いかりや商店13代目の窯元をしております。震災後、2013年12月、白河市に移転し新しい土地で事業を再開しました。
大堀相馬焼の魅力を伝えられる作品をお届けできることを目指し、大量生産ではない、手作りならではの温かみを表現し、新しい大堀相馬焼の形の一つとして提案していきたいと考えています。
大切にしていること
錨屋窯(いかりやがま)は江戸時代より現在まで代々続く「大堀相馬焼」の窯元です。
製陶業以前は奥州相馬領大堀村(現在の浪江町大堀)にて宿屋を営んでおり、当時の相馬中村藩主が立ち寄られた際に「此の地に如何なる事があっても流される事なく留まれるように」と船の錨(碇)から「錨屋」の屋号を戴いたと伝わっております。
江戸中〜後期になると相馬焼の製造を問屋(現在の窯元)として開始。
創業者とされる山田御登七は旧新潟県新津市の二村製陶所より製陶の修行に訪れ、後に錨屋の養子となり錨屋窯の基礎を築きました。
創業より約330年、廃藩置県や戦争等、幾多の危機を乗り越え浪江町大堀で製陶業を営んでおりましたが、2011年の東日本大震災に起きた原発事故により福島県白河市に避難。
本当に多くの人達に励まされ、助けられ、2013年に「大堀相馬焼作り」を本格再開し現在に至りました。
多種多様の作品が生み出されてきた大堀相馬焼ですが、中でも代表的な3つの特徴があります。
各詳細は以下の公式HPリンクよりご覧ください。
<特徴3選>
・青ひび
・駒絵
・二重(二重焼き)
■大堀相馬焼の特徴(いかりや窯 公式サイト)
https://www.ikariya-gama.com/feature/
募集一覧
お手伝いをしながら旅に出よう宿泊先・設備
寝床
職場の2階フロアとなります。宿泊できるお部屋がございますので、お泊り頂けます。
(過去にも大学生のインターンシップの方もご宿泊経験ございます)
トイレ・お風呂なども2階にございます。(職場にご来賓のお客様用は1階のため、分かれておりますのでご安心下さい)
※ 寝室は男女別部屋になります



貸出可能な物・設備
※洗濯機が宿泊場所にございませんので、なるべく服は2泊3日分として多めにご持参ください。
もしも洗濯物を洗う必要がある場合、外部施設のコインランドリー(有料)となります。約1キロほど離れているため、お時間を決めてお車でご送迎いたします。
※調理器具:お皿などはございますが、鍋などの調理器具はございません。電子レンジで簡単に調理するものくらいのみ対応可能です。
体験記(口コミ)
窯元さんのお店に泊まらせて頂き、伝統に触れることができるという期待とともに、私自身が期待にそぐのだろうか…と不安もありました。
伝統の大堀相馬焼、白河焼の芸術作品や日常使いの焼き物がディスプレイされた素敵なお店で、窯元さんご家族の皆様が温かく迎えてくださいました。
仕事の易しい型抜きでした。とはいえ、コツ掴むまでいかず、後始末を残したと思います。
仕事というより、土、焼き物に触れる環境を作ってくださいました。
物作り現場にワクワクしている気持ちを組んでくださり、手びねり体験をご指導くださり、思う存分させてくださいました。
窯や土、秞薬を見せて説明してくださり、焼き物、伝統、土地以外も本当にたくさんの話を伺えたことは得難い貴重な体験です。
自転車をお借りして行った南湖も素晴らしく、一緒に美味しい白河ラーメンを食べたのも嬉しかったです。
帰りにまほろんまで送ってくださりありがとうございました。
夢心地体験でした。
大堀相馬焼がもっと好きになりました。魅力を知って欲しいです。
またぜひお伺いさせてください。ありがとうございました。
私が参加した際のお手伝い内容は、型に粘土をつめる箸置き制作で、未経験の私でも作っていくうちに1人で作業できるようになりました。
おてつたび先の近くには公園があり、作業開始前の朝に散歩するにはちょうど良いと思います!
おてつたび先の方々は皆さんとても優しく、作業中や休憩中にたくさんお話をしてくださるので、楽しく参加できると思います。
3日間お世話になりました!とても楽しかったです。
また機会があればお伺いさせてください!

2024年度第49 回全国伝統的工芸品公募展にて、上位12作品に選ばれ「一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会賞」を受賞しました🏆
工芸品名:大堀相馬焼 / 福島県
作 品 名:ふたたび -Soma Dual Layer Tumbler-
<Instagram>
作 者:錨屋窯 山田慎一 @ikariyagama
空想窯 吉田直弘 @kuusou_gama_
デザイン:金盛友実 @yuumikanamori
企 画:Koquela @koquela

国指定史跡・名勝「南湖公園」
12代白河藩主・松平定信(楽翁公)が「大沼」と呼ばれていた湿地帯に堤を作って水を貯め、庭園の要素を取り入れて享和元年(1801)に築造。当初は単に「南湖」と称されました。南湖の名は、中国唐時代の詩人李白が洞庭湖に詠んだ詩「南湖秋水夜無煙」から、また「小峰城」の南に位置することから名づけられたと伝えられます。
定信は、武士も庶民も共に楽しむ「士民共楽」という理念のもと南湖を築造し、大正13年に「南湖公園」として国の史跡名勝となり定信の理念とともに現在に受け継がれています。

<現在の大堀相馬焼の状況>
「大堀相馬焼」の魅力を次世代に伝えたいメッセージを記載しておりますので、ぜひご覧ください。
https://rakuras.jp/supporter_voice/s-yamada/